第１２話

天と地を埋め尽くさんばかりの白い人影の出現に、広場が狂乱の坩堝と化す中──

「……？」

不意に、すぐ隣に新たな気配が立ったのを、アイリスは感じた。

そっと横目に視線を向けると、いつの間に現れたのか、先程まで広場を埋め尽くしていたのと同じ、半透明の白い人影が一つ、ごく自然に彼女の隣に並び立っている。

『……』

その人影は、言葉を発することもなく、ただ静かに、アイリスと同じように前方を──混沌と化した民衆の姿を見つめていた。

その佇まいは、ここが自分の定位置であるとでもいうように、あまりにも悠然として落ち着き払っている。

「えっと……」

周囲では、人々がこの世ならざる者の出現に怯え、泣き叫んでいるというのに。不思議と、アイリスの心には、恐怖も驚きも浮かんでこなかった。

むしろ、その静かな存在をずっと昔から知っていたかのように、ごく当たり前のこととしてすんなりと受け入れている自分がいる。

何故なら、この白く透き通る人影からは、継母やセリーナ、そして父王から向けられるような、刺々しい敵意や侮蔑、悪意といったものが、一切感じられなかったからだ。

生きている人間たちよりも、ずっと……穏やかで、そして静かで、どこか心が安らぐ。

アイリスは、ただそう感じていた。

「あの……貴方たちは、一体、どこから……？」

言葉が通じるのか、そもそも意思疎通が可能なのかも分からなかった。

それでも、隣に立つその静かな存在に、アイリスは吸い寄せられるようにそう問いかけていた。

返事は、なかった。

だが、白い人影は不意に、すぅっとその透き通る腕を天へと掲げ、ただ一本の指で、白く染まった空の彼方を指し示した。

「……？」

謎めいた仕草に、アイリスは釣られるように、再び空を見上げる。

すると、そこには──。

「え……？」

アイリスの動きが、そして思考が、驚愕のあまり完全に停止した。

いや、彼女だけではない。先程まで狂ったように泣き叫び、逃げ惑っていた民衆も、城のバルコニーで無様にうろたえていた継母や貴族たちも、時が止まったかのように、全ての動きを止め、呼吸すらも忘れ、ただ、ただ一点を──天上を見上げていた。

街中に溢れ出る白い人影たちと全く同じように。

彼らが、そしてアイリスが、固唾を飲んで見つめるその視線の先に在るもの。

それは、船だった。

巨大な一隻の船が、白く染まった空を荘厳に泳いでいた。

それは